伝えていきたい日本の美しい習わし

端午の端は「はじめ」という意味で、「端午(たんご)」は5月最初の午(うま)の日のことでした。それが、午(ご)という文字の音が五に通じることなどから、奈良時代以降、5月5日が端午の節句として定着していきました。江戸時代に入り、勢力の中心が貴族から武家に移るとともに、「菖蒲(しょうぶ)」の音が、武を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じであることから、「端午の節句」は、「尚武(しょうぶ)」の節句として、武家の間で盛んに祝われるようになりました。この節句は、家の後継ぎとして生れた男の子が、無事成長していくことを祈り、一族の繁栄を願う重要な行事となったのです。鎧や兜を飾ることは、武家社会から生まれた風習です。身の安全を願って神社にお参りするときに、鎧や兜を奉納するしきたりに由来しています。
 
 

加藤鞆美(かとう ともみ)

父(初代 加藤一胄)のもとで、五月飾りの甲胄製作を学び、以後、古代甲胄の研究に取り組み、日本の代表的な甲胄について実証的時代考証を徹底して行い、その縮尺模造に力を注いできました。残存する甲胄の姿に忠実に製作する精密な再現製作では、右に出る者はないといわれています。(日本甲胄武具研究保存会会員)

鈴甲子雄山(すずきね ゆうざん)

全国新作節句人形コンクールにおいて 内閣総理大臣賞特別賞受賞。 東京都都知事より青年優秀技能賞受賞。 機会ある度に日本全国に所蔵される鎧、 兜を実地に調べ研究精進を重ねて現在に至る。)

大越忠保(おおこし ただやす)

「伝統と現代が融け合うような作品づくり」が大越忠保の甲冑製作のテーマである。常に新しい作品づくりにチャレンジする旺盛な創作意欲には、創造を心から楽しむ芸術家の姿さえ感じられる。内閣総理大臣賞をはじめ数々の受賞実績をもつ、才気あふれる逸材。
日本人形協会指定節句人形工芸士 / 埼玉県「越谷甲冑」伝統工芸士 /
経済産業省指定伝統工芸士

幸一光(こう いっこう)

(株)松崎人形は大正九年東京の下町 下谷竹町に創業し、以来八十有余年に亘り日本人形の製造を続けています。 現在の松崎幸一光は三代目になり、主にひな祭り、端午の節句の品を製作。 長年、お飾りなっても飽きのこない物をと心がけ、抑えた色調と独創的な形、かわいらしさの中にも日本古来の美を表現。 多摩美術大学 彫刻科を卒業。その後、全国節句人形コンクール総理大臣賞3回、通産大臣賞3回、 文部大臣賞4回等、数々の賞を受賞。

平安翠鳳(へいあん すいほう)

昭和50年/大山祇神社に兜を奉納。
豊国神社(愛知県、愛知県、豊臣秀吉公生誕の地)に兜を奉納。古来からの技法を生かしつつ今の時代に調和する甲冑製作に日々精進。

 
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